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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和51年(ネ)144号 判決

控訴人 土地善商事株式会社

右代表者代表取締役 坂本善松

右訴訟代理人弁護士 鶴見恒夫

同右 鈴木秀幸

被控訴人 河野村

右代表者村長 岩村繁次

右訴訟代理人弁護士 堤敏恭

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「1原判決を取消す。2被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円とこれに対する昭和四七年六月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び金銭支払部分について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者の主張《省略》

理由

一  控訴人が昭和四六年四月五日被控訴人から別紙第一目録記載の山林を、地上立木の所有権を除いて代金四二〇万円で買い受け、同日内金一〇〇万円を被控訴人に支払い、残代金は被控訴人から控訴人に所有権移転登記手続が完了したうえで被控訴人の請求により支払う旨の契約が成立し、同旨の仮契約書(甲第一号証、乙第一号証の二)が作成されたこと(以下第一次契約という)、ついで、控訴人が同年一一月下旬被控訴人との間で、第一次契約における目的物件に同契約で除外された地上の立木及び別紙第二目録記載の田(後に昭和四七年八月一日原野に地目変更)を追加し(以下右立木をふくむ全売買物件を本件土地という)、代金を金八〇〇万円に増額し、その支払日を昭和四七年一月末日とすることを契約した(以下第二次契約という)ことは当事者間に争いがなく、右売買目的物件がいずれも被控訴人の普通財産に属することも控訴人の認めるところである。

二  ところで、控訴人は第一次契約においても第二次契約においても控訴人被控訴人間における売買の合意は成立しており、被控訴人は右売買契約上の債務を免れないものであると主張し、被控訴人は第一、二次契約とも村議会の議決を停止条件として有効に成立する仮契約であったと抗弁するので検討する。

1  《証拠省略》をあわせると次の事実を認めることができる。

第一次契約が成立し、前記仮契約書が作成された当時、第一目録の山林上には、官行造林のための昭和七五年三月を終期とする地上権が設定されていたほか、被控訴人の条例には予定価格七〇〇万円以上の普通財産の処分(土地については一件五、〇〇〇平方米以上のものに限る)については村議会の議決に付さなければならない旨の定めがあった関係で被控訴人としては右地上権を消滅せしめ、かつ、右売買につき村議会の議決を経たうえで、第一次契約を骨子として成規の契約を締結する意向であり、控訴人においてもその点にとくに異論がなかったこと、それで第一次契約については契約書(前記甲第一号証、乙第一号証の二)を作成し、双方当事者が記名押印したが、同契約書にはとくに「仮契約書」と題したこと、その後前記地上権は解消し、右地上権による立木も被控訴人の所有となったので、控訴人は第一次契約の目的物件に右立木と控訴人による本件土地開発推進上必要とした被控訴人所有の隣接土地を追加することを求め、被控訴人もこれを承諾し、昭和四六年一一月下旬第二次契約が成立したが、同契約についてはとくに前記仮契約書のごとき書面の作成はなかったこと、もっとも、目的物件の追加により、前記条例にある予定価格七〇〇万円を超過する額が約定され、その地積も五〇〇〇平方米をこえるので、その契約の締結には村議会の議決を要件とするに至り、被控訴人においては村議会の議決を得る必要上、第二次契約の合意を骨子として必要な附随条項を付加した契約案を作成したこと、それらの内容について代金支払期日の点以外は控訴人の合意をとってなかったが、被控訴人としては控訴人と村議会からとくに異議のでない内容にとどめたつもりであったこと、そして、被控訴人は同契約案を昭和四六年一二月二三日の定例村議会に提出し、議決をえたが、控訴人は同契約案の附随条項について同意を拒み、従って、同契約案による契約書は作成されるに至らなかったこと、

以上の事実が認められる。

そうすると、第一次契約について作成された契約書がとくに「仮契約書」と題されるに至った事情、ことに村議会の議決をえてさらに細目について協議して第一次契約について成規の契約を締結することを右仮契約書作成当時控訴人被控訴人とも了解していたものと解するを相当とするから第一次契約は村議会の議決を停止条件として有効に成立する部分と右成立に至る成規の契約を互に将来締結すべき義務を負う予約たる部分とからなっているものと解することができる。また、第二次契約はその内容上明かに村議会の議決を要件(停止条件と解するが)とする契約部分をふくむがその成立に至る前記事情から、右契約部分は第一次契約の売払いの約定部分と全く同一の性格であって、第二次契約も村議会の議決を停止条件として将来有効に成立する契約部分とその附随条項等についても協議を遂げ成規の契約にまとめあげる義務を負う予約部分とからなるものと解するを相当とする。

2  そこで、第二次契約についての村議会の議決の有無を考えると、《証拠省略》によれば前記定例村議会に附議された契約は被控訴人が作成した第二次契約を骨子とする前記契約案によるものであるが、それは売買代金の支払期日が昭和四七年一月三一日と合意された他はいまだ合意に至っていない附随条項等の細目についての村当局が一方的に附加した条項をふくむ案であることが認められるところ、村議会が附議された契約について修正議決する権限を有せず、ただ附議された契約の議決のみをなしうるものと解する以上、前記定例村議会の議決は附議された第二次契約と附随条項を一括した契約案について議決したものと解さざるをえない。

従って、右議決が右契約案の骨子となっている第二次契約部分のみについてなされたものとすることには一応疑義なきをえない。

しかし、前記定例村議会について作成された議会議事録と《証拠省略》によれば、被控訴人作成の前記契約案による約定が付議されているが、そのうち少くとも同契約案中のすでに当事者間で合意の成立している部分即ち第二次契約が附議されたものと解することは必ずしも不当でないので、前記村議会の議決は附議された前記契約案中の第二次契約についての議決と解することもできる。

なお、《証拠省略》から前記契約案のうち第二次契約の附随条項と目すべき部分には第二次契約の成立過程で関係者間で話合われていた売買目的、それに伴う物件の用途制限並に禁止条項等に関する条項をふくみ、また、その余の部分は第二次契約の履行等に関する細目を一般の売買の契約条項に準じて定めていることが認められる。

3  そして、第二次契約が被控訴人所有の普通財産たる不動産の売払契約であるところ、第一次契約については前示仮契約書を作成したこと、また、第二次契約について被控訴人において前記契約案を作成し、村議会の議決に付していること等を考えると第二次契約は当然契約書面の作成を要する場合というべきである。そうすると、第二次契約については当事者がその契約書面に記名押印したときに始めてその契約が確定し成立することは地方自治法第二三四条第五項から明かであるから、第二次契約についてはその契約書の作成がない限りいまだ成規に成立し確定したものといえないこととなる。

従って、第二次契約はいまだ確定せず、控訴人の請求は同契約が確定し成規に成立した契約であることを前提とする限り、さらに判断をすゝめるまでもなく理由がないものといわねばならない。

4  もっとも、第二次契約は右のごとく成規の契約書の作成により確定する約定と解すべきではあるが、同時に第二次契約が予約たる部分を持ち、控訴人、被控訴人はさらにその附随条項等細目についての協議をとげ、これを書面に作成して、第二次契約を成規の契約とすべき義務を有することは前段説示のとおりであるから、控訴人、被控訴人は特段の事由なく右成規の契約の成立を妨げ、あるいは成規に確定する契約の履行を害するごとき所為があったときは、第二次契約についての前記予約に基づく債務不履行上の責任を免れないものと解すべく、控訴人の本件請求は右趣旨の請求をも包含するものと解せられる。

二 しかるに、被控訴人は右の予約部分をふくむ第二次契約はすでに合意解除された旨抗弁する。

(一)  《証拠省略》によると以下の事実が認められる。

1  本件土地の取引について当初から控訴人、被控訴人間に介在した被控訴人村民の訴外寺下勇藏は第一次契約の仮契約書に保証人として記名押印していたが、それより先控訴人から予め契約締結への協力費等として金二〇〇万円を受領し、第一次契約成立の折には右のうち金一〇〇万円を被控訴人に対し支払ったほか、遠隔地の控訴人のための利益代表者たる一面を有していた。同訴外人は第二次契約成立に至るまで、控訴人のため被控訴人との折衝にも当り、また、被控訴人が前記契約案を起草する頃まで控訴人のため被控訴人との接触をつづけた。

2  被控訴人は、右契約案について前記定例村議会の議決があった後早々に右契約案を訴外寺下勇藏方に持参し、同訴外人はこれを控訴人へ転送して控訴人の記名押印を求めた。

3  しかし、被控訴人は、当時すでに控訴人が当初の約定に反して自力で本件土地を開発することなく、これを他へ転売したとの風聞に接していたが、当時控訴人は本件土地に隣接する民有林の買取に失敗し、本件土地を転売せざるをえない有様であったので、このことを被控訴人当局からなじられた右訴外人はこれを否定できなかったのみでなく、却って一部を肯定した。それで、被控訴人村長は村議会議長、村助役にはかったうえ、昭和四七年一月二〇日頃訴外寺下勇藏に対し控訴人が自力開発の能力を有しないこと、しかも、すでに本件土地の転売に着手していることを理由に第二次契約の解消を申し入れ、かつ、右の契約目的違反の点から被控訴人としては地方自治法第二三八条の五第四、五項により一方的にも解除できることを申し添えた。これに対し、同訴外人は本件土地代金を速かに持参したいと述べてその場を糊塗したが、直ちに控訴人へ村当局の右の解除の申し入れとその背景の事情を伝達した。

4  ところが、控訴人代表者坂本善松は訴外寺下勇藏に対し村当局の右申し入れはやむをえないものと述べ、また、被控訴人が金二〇〇万円を手付金倍返しの意もふくめて差出すというなればなおのこと右契約解消に応ぜざるをえない旨を述べ、訴外寺下勇藏は控訴人の右意向を被控訴人へ伝達した。

さて、右伝達が控訴人の指示に基づくものであったか否かは明かでないが、控訴人が本件訴訟で訴外寺下勇藏が被控訴人の代理人である旨主張していることからも、控訴人は同訴外人によって控訴人の右意向を被控訴人に対し伝達することもありうることを予想していたものとも推認するを相当とし、右伝達が同訴外人により権限なくしてなされたものとすることはできない。

5  ついで、被控訴人は昭和四七年二月一日同訴外人に対しさきに受領した前記一〇〇万円と被控訴人が右合意解除をまず被控訴人から申し入れたことから手附倍返へしの意をも含めた金一〇〇万円を加えた合計金二〇〇万円を引渡し、同訴外人は控訴人の代理人としてこれを受領し、直ちに控訴人へ右次第を電話連絡し、かつ、翌日持参する旨述べたが、控訴人側では右金員を同訴外人の許に留めおくことを求めた。

6  また、控訴人はその間被控訴人当局者と直接の会談を申し入れること等もなく、第二次契約において約定された本件土地代金の支払期日である同年一月三一日を徒過し、ついで訴外寺下勇藏に対しては前記二〇〇万円を被控訴人に対し返還することを指示し、同訴外人は同年三月一三日頃これを返還した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

さらに、本件土地の取引について、訴外寺下勇藏が控訴人、被控訴人双方の意向を前記のごとく相手方へ伝達していた仲介者であることは前記認定のとおりであるが、同訴外人が被控訴人村の住民であり、かつ、本件記録上本件訴訟においては被控訴人から証人として申請されたことも明かであるが、そのことから同訴外人が本件土地の取引に関し被控訴人村の利益のためにのみ介在していたものとは認めがたく、また、同訴外人が前記甲第一号証の仮契約書に「保証人」として記名押印している、その記名箇所から同訴外人が被控訴人の債務を保証しているものとも直ちに解しがたく、他に同訴外人が被控訴人の使者又は代理人として第二次契約の前記合意解除に干与した関係を認めるに足りる証拠はない。

(二) そうすると、被控訴人が昭和四七年一月二〇日頃訴外寺下勇藏を介し第二次契約を合意解除したい旨を控訴人に伝えたことは同契約を解除する合意についての契約の申し込みに当り、これに対し同訴外人が控訴人が右申し込みに応ぜざるをえない旨述べていることを被控訴人に伝達したことによって、控訴人の右申し込みに対する承諾の意思表示が発せられ、ここに第二次契約を解除する合意たる契約の締結があったものと解するを相当とする。

なお、前記認定によれば右合意解除の契約において被控訴人が控訴人に対し金二〇〇万円を支払うことが約定されているが、この場合、右金員の支払を停止条件として右合意解除の契約が成立するものと解すべき余地もあるが、そのように解した場合は右二〇〇万円が訴外寺下勇藏に支払われた昭和四七年二月一日第二次契約の解除がなされたものと解することができる。

三  してみれば、第二次契約は控訴人主張の本件土地の第三者への転売前にすでに合意解除されているので、同契約の有効なことに基づく控訴人の請求はさらに判断をすゝめるまでもなく理由がないといわねばならない。

よって、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結論において正当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡悌次 裁判官 富川秀秋 西田美昭)

〈以下省略〉

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